今日は告別式に行ってきました。
葬儀は数回しか経験がないので忘れていましたが、故人とは告別式で対面できるんでしたね。
棺の中に横たわる彼女は、とても綺麗で安らかな顔をしていました。
こんなことを言っては故人に申し訳ないのですが、人形のように真っ白なその顔は明らかに生きている人間とは異なり、彼女の本当の「死」を認識せざるを得ませんでした…。
故人を前に、どうすることもできないことに恐怖を感じました。
ふと、前に見たニュースを思い出したのですが、今の中学生の何割かは、人は死んでも生き返ることができると思っているそうです。
その根拠は、「ゲームだと生き返るから」だそうです…。
故人の両親は、とても優しそうでいい人という感じでした。
父親は気丈に振舞っていたのですが、最後の挨拶のときに泣き崩れてしまい、その姿にいたたまれない気持ちになりました。
人が死ぬということは、残されたとてもとても多くの人が悲しむということです。
昨今、学生のいじめによる自殺が社会問題になっていますが、その手段だけはやめて欲しいと思います。
今回が親族以外で初めての葬儀でしたが、こんなに辛いとは思いませんでした。
おそらく、人生で一番辛かったのではないかと思います。というか、今現在も辛くて仕方ありません。
どれくらい辛いかと言うと、訃報を聞いてから悲しみのあまり4日間くらい食事が喉を通らないくらいの衝撃です。
残された親族、友人のことを思うと心が痛いです。
念願の子供が生まれ、順調に育って社会人になり、どんな人と結婚してどんな子供が生まれてくるんだろうという希望が断たれてしまったのです。
その喪失感は、独りものの自分には推し量ることはできないと思います。
告別式は昼過ぎに終わりました。
一人で家に居たくなかったので、いつもどおりバドミントンをしに行ってきました。
いつものみんなに囲まれていると、不思議と悲しい出来事を忘れることができます。
まるで、今日は葬儀になんて行っていないような気持ちになれました。
これが仲間というものなんでしょうね。
もう、二度と喪服なんて着たくありません。
ボクと関わった人たち、ボクより先に死なないでください…。